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決まり文句は「われら花の命は短いぞ」。年ごろの女たちにとって、これほど便利な脅し文句はないわけで、最初にこの言葉をつかった人は最高の詩人であり世界最大の心理学者。高校の同級生からの温泉旅行の誘いには、どこか義務のような響きがあったりする。水野美穂はほとんどまっ白の卒論用のレポート用紙を横目で見ながら、「こんなときでないと行けないもんね」と、すぐに答えている。
一月の末。この春大学を卒業する者にまじって高校から就職した晴美も参加してきた。晴美は「三月末の結婚」だという。すでに妊娠していて「予定日は七月のはじめ。つわりがひどかったからさ、会社なんか、あっさり辞めちゃったよ」
晴美は「早すぎるよ」の冷やかしに、「うらやましいか!」と、わずかにせりだした腹を、さらに突き出して胸をはった。早いといっても二一歳。女たちは、「あたしたちだって、男はほしいよ」いっせいに歓声をあげたが、長引く不況の中での就活を終えたばかりの彼女たちに結婚への真実味はうすい。
美穂にも、とりあえず恋人、はいる。しかし交際も四年目になると腐れ縁のような気分があったりする。就活のあいだは会うことも少なかったがさほど気にもならなかった。最近では、母さんのほうが乗り気? そんな気がしないでもない。
そろって露天風呂に行くと、全員の体が高校の修学旅行のときより、さらに女になっていたことにおどろかされた。体からかどがとれた感じ。美大生の五月が「いまがいちばんスケベな体なんだよな」と、それぞれの体を観察した。デッサンで多くの裸婦を見ているだけに真実味がある。
「油絵を描くときはさ、まずキャンパスの目をつぶすために下塗りをするわけよ。その上にジェソで盛り上げたりするんだ。肌の色はその上に寒系のブルーでの下処理が基本なんだ。この白い肌の下に死体色のブルーが隠れてるんだぜ」。言いながら乳房をおさえつけた。男言葉は高校のころと変わらない。「下処理でデコボコにされたり、まるで人生そのものじゃん。たまんねぇよな」
誰かが「われら悩みのど真ん中ってか」本気とも冷やかしともつかない相槌をうち、「でも人生ははじまったばかりだからさ、わたしゃ夢も希望ももってるよ」と、つづけた。
「金をかせいで、しっかり女をみがくぞ!」それから、それぞれの初任給の比較になった。その中で、首まで湯につかっていた晴美が「でも、あんまりがんばると疲れちゃうからね。会社なんて給料をもらいにいくだけだよ」少し水をさした。
子供を産む者と就職する者。平成の時代は女の二一歳におおくの選択肢をあたえている。
水野美穂の就職先は株式会社O・C・S・岡崎支社。オフィスコーヒーサービス。満足できる就職先ではなかったが、ひとり娘で地元を離れられなかったから妥協するしかなかった。
いそがしいのか暇なのかわからないエアーポケットの中で卒業式も終わり入社。そして、重いコートをクローゼットの一番奥につめこむころには、新入社員たちに研修期間の終了と正式配置の辞令がでる。それは、良くも悪くも五月病におちいる季節だったりする。
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